湯船で僕らが騒いでいると いつもおじさんに怒鳴られた
ゆぶね で ぼくら が さわい でいると いつもおじさんに どなら れた
Yubune de Bokura ga Sawai deiruto itsumoojisanni Donara reta
「うるせーなガキども!」坊主頭でプロレスラーみたいだったおじさん
「 うるせーな がき ども ! 」 ぼうずあたま で ぷろれすらー みたいだったおじさん
「 urusena gaki domo ! 」 Bouzuatama de puroresura^ mitaidattaojisan
おじさんのでっかい背中には綺麗なカッコいい絵が書いてあって
おじさんのでっかい せなか には きれい な かっこ いい え が かい てあって
ojisannodekkai Senaka niha Kirei na kakko ii E ga Kai teatte
それはお尻にまで届く程の 大きな大きなものだったんだ
それはお しり にまで とどく ほど の おおき な おおき なものだったんだ
sorehao Shiri nimade Todoku Hodo no Ooki na Ooki namonodattanda
ある時「おじさんの背中綺麗だね」と言ったら
ある とき 「 おじさんの せなか きれい だね 」 と いっった ら
aru Toki 「 ojisanno Senaka Kirei dane 」 to Itsutta ra
「バカヤロー綺麗なもんか」と照れるように背中を隠した
「 ばかやろー きれい なもんか 」 と てれ るように せなか を かくし た
「 bakayaro^ Kirei namonka 」 to Tere ruyouni Senaka wo Kakushi ta
それが刺青というものだったという事を 知るのはだいぶ後になって
それが いれずみ というものだったという こと を しる のはだいぶ のちに なって
sorega Irezumi toiumonodattatoiu Koto wo Shiru nohadaibu Nochini natte
おじさんには娘さんがいて いつも一人外で待っていた
おじさんには むすめ さんがいて いつも ひとり そと で まって いた
ojisanniha Musume sangaite itsumo Hitori Soto de Matte ita
僕らは湯上がりの体を冷ましつつ 女の子の様子を観察した
ぼくら は ゆ あが りの からだ を さま しつつ おんなのこ の ようす を かんさつ した
Bokura ha Yu Aga rino Karada wo Sama shitsutsu Onnanoko no Yousu wo Kansatsu shita
おじさんが出て来ると女の子は コーラを一気に飲み干して
おじさんが でて くる と おんなのこ は こーら を いっき に のみほし て
ojisanga Dete Kuru to Onnanoko ha ko^ra wo Ikki ni Nomihoshi te
おじさんのぶっとい腕に掴った 母子家庭の僕は羨むばかり
おじさんのぶっとい うで に かく った ぼしかてい の ぼくは うらやむ ばかり
ojisannobuttoi Ude ni Kaku tta Boshikatei no Bokuha Urayamu bakari
あんなお父さんがいたらなあ 二人を見ながらいつも思った
あんなお とうさん がいたらなあ ふたり を みな がらいつも おもった
annao Tousan gaitaranaa Futari wo Mina garaitsumo Omotta
女の子の手を引きながらダミ声で歌ってた歌が
おんなのこ の て を びき ながら だみ こえ で うたって た うた が
Onnanoko no Te wo Biki nagara dami Koe de Utatte ta Uta ga
「人生を語らず」という歌だったという事を 知るのはだいぶ後になって
「 じんせい を かたら ず 」 という うた だったという こと を しる のはだいぶ のちに なって
「 Jinsei wo Katara zu 」 toiu Uta dattatoiu Koto wo Shiru nohadaibu Nochini natte
中学生になって僕らは 銭湯に行かなくなってしまった
ちゅうがくせい になって ぼくら は せんとう に いか なくなってしまった
Chuugakusei ninatte Bokura ha Sentou ni Ika nakunatteshimatta
そしてあの女の子と同じ学校になるとは まさか思ってなかった
そしてあの おんなのこ と おなじ がっこう になるとは まさか おもって なかった
soshiteano Onnanoko to Onaji Gakkou ninarutoha masaka Omotte nakatta
そもそも同い年だったとは 何だか大人っぽく見えたから
そもそも おない ねん だったとは なんだ か おとな っぽく みえ たから
somosomo Onai Nen dattatoha Nanda ka Otona ppoku Mie takara
テレビに出て来る女優さんのような 彼女に僕は夢中になった
てれび に でて くる じょゆう さんのような かのじょ に ぼくは むちゅう になった
terebi ni Dete Kuru Joyuu sannoyouna Kanojo ni Bokuha Muchuu ninatta
僕は想いを打ち明けて 運よく付き合う事が出来た
ぼくは おもい を うち あけ て うん よく つきあう こと が できた
Bokuha Omoi wo Uchi Ake te Un yoku Tsukiau Koto ga Dekita
「あんなお父さんがいたらなあ」というあの頃の夢が
「 あんなお とうさん がいたらなあ 」 というあの ごろの ゆめ が
「 annao Tousan gaitaranaa 」 toiuano Gorono Yume ga
23になる春に叶うんだっていう事を 知るのはだいぶ後になって
23 になる はる に かなう んだっていう こと を しる のはだいぶ のちに なって
23 ninaru Haru ni Kanau ndatteiu Koto wo Shiru nohadaibu Nochini natte
今でもお義父さんとはたまに 銭湯に行く事がある
いま でもお ぎふ さんとはたまに せんとう に いく こと がある
Ima demoo Gifu santohatamani Sentou ni Iku Koto gaaru
背中の絵は少し萎んでしまったが やさしい笑顔とダミ声ははあの頃のまま
せなか の え は すこし い んでしまったが やさしい えがお と だみ こえ ははあの ごろの まま
Senaka no E ha Sukoshi I ndeshimattaga yasashii Egao to dami Koe hahaano Gorono mama