その椅子は木で出来た丈夫な椅子
その いす は き で できた じょうぶ な いす
sono Isu ha Ki de Dekita Joubu na Isu
こげ茶色のクッション木彫り花模様肘掛
こげ ちゃいろ の くっしょん きぼり はな もよう ひじかけ
koge Chairo no kusshon Kibori Hana Moyou Hijikake
背もたれの両端には小さな赤い石
せ もたれの りょうたん には ちいさ な あかい いし
Se motareno Ryoutan niha Chiisa na Akai Ishi
それはそれは美しい木の椅子だった
それはそれは うつくし い き の いす だった
sorehasoreha Utsukushi i Ki no Isu datta
その椅子を作ったのは椅子職人の爺さん
その いす を つくった のは いす しょくにん の じいさん
sono Isu wo Tsukutta noha Isu Shokunin no Jiisan
曲がった腰慣れた手つき鋭い目
まがった こし なれ た て つき するどい め
Magatta Koshi Nare ta Te tsuki Surudoi Me
出来上がった椅子があんまり美しかったので
できあが った いす があんまり うつくし かったので
Dekiaga tta Isu gaanmari Utsukushi kattanode
死んだ妻の名前をこっそり入れたのさ
しん だ つま の なまえ をこっそり いれ たのさ
Shin da Tsuma no Namae wokossori Ire tanosa
店先に置いた椅子はすぐに客の目に留まり
みせさき に おいた いす はすぐに きゃく の めに とまり
Misesaki ni Oita Isu hasuguni Kyaku no Meni Tomari
やって来る客についつい爺さん「売り物じゃない」という
やって くる きゃく についつい じいさん 「 うりもの じゃない 」 という
yatte Kuru Kyaku nitsuitsui Jiisan 「 Urimono janai 」 toiu
何人めかの客が来てしばらく話し
なんにん めかの きゃく が きて しばらく はなし
Nannin mekano Kyaku ga Kite shibaraku Hanashi
爺さんはついに言った「売りましょう」と
じいさん はついに いっった 「 うり ましょう 」 と
Jiisan hatsuini Itsutta 「 Uri mashou 」 to
椅子は大きな屋敷の大きな広間に置かれた
いす は おおき な やしき の おおき な ひろま に おか れた
Isu ha Ooki na Yashiki no Ooki na Hiroma ni Oka reta
毎夜止まぬ音楽と夢のようなダンスの日々
まいよ とま ぬ おんがく と ゆめ のような だんす の ひび
Maiyo Toma nu Ongaku to Yume noyouna dansu no Hibi
主人はいつも椅子の前に座り椅子には
しゅじん はいつも いす の まえ に すわり いす には
Shujin haitsumo Isu no Mae ni Suwari Isu niha
いつも美しいドレスの女が腰掛けた
いつも うつくし い どれす の おんな が こしかけ た
itsumo Utsukushi i doresu no Onna ga Koshikake ta
時は砂のように流れ屋敷は古びてゆく
とき は すな のように ながれ やしき は ふるび てゆく
Toki ha Suna noyouni Nagare Yashiki ha Furubi teyuku
主人が椅子だけを眺める日々が続いた
しゅじん が いす だけを ながめ る ひび が つづい た
Shujin ga Isu dakewo Nagame ru Hibi ga Tsuzui ta
美しいあのドレスの女は現れなかった
うつくし いあの どれす の おんな は あらわれ なかった
Utsukushi iano doresu no Onna ha Araware nakatta
音楽はやみ主人は立ち上がった
おんがく はやみ しゅじん は たちあが った
Ongaku hayami Shujin ha Tachiaga tta
ある朝椅子はたくさんの家具とトラックに乗った
ある あさ いす はたくさんの かぐ と とらっく に じょうった
aru Asa Isu hatakusanno Kagu to torakku ni Joutta
椅子は海を渡る旅をした
いす は うみ を わたる たび をした
Isu ha Umi wo Wataru Tabi woshita
揺れる揺れる船の底荒い波の音
ゆれ る ゆれ る ふね の そこ あらい なみ の おと
Yure ru Yure ru Fune no Soko Arai Nami no Oto
夜更けにかすかに聞こえるピアノのワルツ
よふけ にかすかに きこ える ぴあの の わるつ
Yofuke nikasukani Kiko eru piano no warutsu
少しだけくたびれた椅子を乗せて
すこし だけくたびれた いす を のせ て
Sukoshi dakekutabireta Isu wo Nose te
旅を終えた椅子は一人暮らしの老婦人の元へ
たび を おえ た いす は ひとりぐらし の ろうふじん の もと へ
Tabi wo Oe ta Isu ha Hitorigurashi no Roufujin no Moto he
いつもきちんとした身なりパンを上手に焼く
いつもきちんとした みなり ぱん を じょうず に やく
itsumokichintoshita Minari pan wo Jouzu ni Yaku
飼っている猫は灰色の老猫で
かって いる ねこ は はいいろ の ろう ねこ で
Katte iru Neko ha Haiiro no Rou Neko de
椅子の上に丸まって婦人の話をよく聞いた
いす の うえに まるま って ふじん の はなし をよく きい た
Isu no Ueni Maruma tte Fujin no Hanashi woyoku Kii ta
話しはもっぱら夫の話
はなし はもっぱら おっと の はなし
Hanashi hamoppara Otto no Hanashi
もう十年もあちこち旅をしてる
もう じゅうねん もあちこち たび をしてる
mou Juunen moachikochi Tabi woshiteru
愛しい人の手紙を少女のように猫に聞かせる
いとしい にん の てがみ を しょうじょ のように ねこ に きか せる
Itoshii Nin no Tegami wo Shoujo noyouni Neko ni Kika seru
婦人の足が悪くなり日がなベッドで横になる
ふじん の あし が わるく なり にち がな べっど で よこ になる
Fujin no Ashi ga Waruku nari Nichi gana beddo de Yoko ninaru
傍らにはいつも椅子と灰色猫
かたわら にはいつも いす と はいいろ ねこ
Katawara nihaitsumo Isu to Haiiro Neko
何度も同じ手紙を大事に大事に読み返す
なんど も おなじ てがみ を だいじ に だいじ に よみかえす
Nando mo Onaji Tegami wo Daiji ni Daiji ni Yomikaesu
よく晴れた昼下がり眠る婦人の枕元
よく はれ た ひるさがり ねむる ふじん の まくらもと
yoku Hare ta Hirusagari Nemuru Fujin no Makuramoto
一人の男が現れた
ひとり の おとこ が あらわれ た
Hitori no Otoko ga Araware ta
古びた椅子に座り古びた婦人の手を握り
ふるび た いす に すわり ふるび た ふじん の て を にぎり
Furubi ta Isu ni Suwari Furubi ta Fujin no Te wo Nigiri
そして眠る婦人にそっと口付けしたのさ
そして ねむる ふじん にそっと くち づけ したのさ
soshite Nemuru Fujin nisotto Kuchi Zuke shitanosa
猫はナァナァないていた
ねこ は なぁなぁ ないていた
Neko ha naanaa naiteita
古道具屋の暗い部屋でも椅子は人の目を引いた
ふるどうぐ や の くらい へや でも いす は にん の め を ひい た
Furudougu Ya no Kurai Heya demo Isu ha Nin no Me wo Hii ta
めがね主人は丁寧に椅子の傷を取りがたを直した
めがね しゅじん は ていねい に いす の きず を とり がたを なおし た
megane Shujin ha Teinei ni Isu no Kizu wo Tori gatawo Naoshi ta
クッションはここで赤い茶色に張り替えられた
くっしょん はここで あかい ちゃいろ に はり かえ られた
kusshon hakokode Akai Chairo ni Hari Kae rareta
よく笑う若い夫婦は一目で椅子に目をつけた
よく わらう わかい ふうふ は いちもく で いす に め をつけた
yoku Warau Wakai Fuufu ha Ichimoku de Isu ni Me wotsuketa
椅子は始めたばかりの小さなカフェの窓辺
いす は はじめ たばかりの ちいさ な かふぇ の まどべ
Isu ha Hajime tabakarino Chiisa na kafe no Madobe
若い夫婦はよく働き椅子はいつもピカピカ
わかい ふうふ はよく はたらき いす はいつも ぴかぴか
Wakai Fuufu hayoku Hataraki Isu haitsumo pikapika
その年妻は子供を宿し
その ねん つま は こども を やど し
sono Nen Tsuma ha Kodomo wo Yado shi
夫婦は抱き合って喜んだ
ふうふ は だき あって よろこんだ
Fuufu ha Daki Atte Yorokonda
何度も壊れ直された足はちび肘掛は擦り切れたが
なんど も こわれ なおさ れた あし はちび ひじかけ は すり きれ たが
Nando mo Koware Naosa reta Ashi hachibi Hijikake ha Suri Kire taga
小さな赤い石はきちんと二つ光ってる
ちいさ な あかい いし はきちんと ふたつ ひかって る
Chiisa na Akai Ishi hakichinto Futatsu Hikatte ru
今ではもう五歳になった娘はやんちゃな悪戯っ子
いま ではもう ごさい になった むすめ はやんちゃな いたずら っ こ
Ima dehamou Gosai ninatta Musume hayanchana Itazura tsu Ko
椅子の下海底ごっこ思わず目を輝かす
いす の した かいてい ごっこ おもわず め を かがやか す
Isu no Shita Kaitei gokko Omowazu Me wo Kagayaka su
「何か彫ってあるよ母さん
「 なにか ほって あるよ かあさん
「 Nanika Hotte aruyo Kaasan
ねぇ、素敵だわ
ねぇ 、 すてき だわ
nee 、 Suteki dawa
きっとこの椅子の名前だわ
きっとこの いす の なまえ だわ
kittokono Isu no Namae dawa
わたしと同じ名前なのね」
わたしと おなじ なまえ なのね 」
watashito Onaji Namae nanone 」
ニーナ!ニーナ!
にーな ! にーな !
ni^na ! ni^na !
娘は椅子をそう呼んだ
むすめ は いす をそう よん だ
Musume ha Isu wosou Yon da
その晩椅子はいつもの窓辺
その ばん いす はいつもの まどべ
sono Ban Isu haitsumono Madobe
夜空は水のように澄み切っていた
よぞら は みず のように すみ きって いた
Yozora ha Mizu noyouni Sumi Kitte ita
誰にも聞こえない小さな音が
だれ にも きこ えない ちいさ な おと が
Dare nimo Kiko enai Chiisa na Oto ga
椅子から溢れ始めた
いす から あふれ はじめ た
Isu kara Afure Hajime ta
カフェの常連 大きなお尻 夫婦の笑い声
かふぇ の じょうれん おおき なお しり ふうふ の わらい こえ
kafe no Jouren Ooki nao Shiri Fuufu no Warai Koe
けんかの声 めがね主人の咳払い
けんかの こえ めがね しゅじん の せき はらい
kenkano Koe megane Shujin no Seki Harai
埃っぽい古道具屋 老婦人のお話 猫の尻尾
ほこり っぽい ふるどうぐ や ろうふじん のお はなし ねこ の しっぽ
Hokori ppoi Furudougu Ya Roufujin noo Hanashi Neko no Shippo
現れた男の涙 揺れる船の底 波の音
あらわれ た おとこ の なみだ ゆれ る ふね の そこ なみ の おと
Araware ta Otoko no Namida Yure ru Fune no Soko Nami no Oto
ピアノのワルツ 大広間の音楽 絹のドレス
ぴあの の わるつ おおひろま の おんがく きぬ の どれす
piano no warutsu Oohiroma no Ongaku Kinu no doresu
男の眼差し ショーウィンドゥの前行き交う人々
おとこ の まなざし しょーうぃんどぅ の ぜんぎょう き まじう ひとびと
Otoko no Manazashi sho^uindou no Zengyou ki Majiu Hitobito
木屑の匂い 力強い掌 しわがれた声
き くず の におい ちからづよい てのひら しわがれた こえ
Ki Kuzu no Nioi Chikarazuyoi Tenohira shiwagareta Koe
「ニーナ」
「 にーな 」
「 ni^na 」
次の日娘が目を覚ますと
つぎの にち むすめ が め を さま すと
Tsugino Nichi Musume ga Me wo Sama suto
椅子は足が壊れて窓辺に転がっていた
いす は あし が こわれ て まどべ に ころが っていた
Isu ha Ashi ga Koware te Madobe ni Koroga tteita
夫婦は娘の髪を撫でた
ふうふ は むすめ の かみ を なで た
Fuufu ha Musume no Kami wo Nade ta
「もうお疲れ様と言ってあげよう」
「 もうお つかれ さま と いっって あげよう 」
「 mouo Tsukare Sama to Itsutte ageyou 」
その椅子を作ったのは椅子職人の爺さん
その いす を つくった のは いす しょくにん の じいさん
sono Isu wo Tsukutta noha Isu Shokunin no Jiisan
曲がった腰慣れた手つき鋭い目
まがった こし なれ た て つき するどい め
Magatta Koshi Nare ta Te tsuki Surudoi Me
出来上がった椅子があんまり美しかったので
できあが った いす があんまり うつくし かったので
Dekiaga tta Isu gaanmari Utsukushi kattanode
死んだ妻の名前をこっそり入れたのさ
しん だ つま の なまえ をこっそり いれ たのさ
Shin da Tsuma no Namae wokossori Ire tanosa